【共産車探訪 vol.39】GAZ 51


Здравствуйте,Товарищ!


こんにちは、ちゅうさまです。

就活に勤しむ同期どもを尻目に、3泊4日のウラジオストク旅行に行ってきました。

え?院試?知らない子ですね……。


飛行機は往復3万だし、電子ビザで行けるようになったし、物価は安いし、週末旅行にはそこそこ悪くないと思うんですけどね。外国人は韓国人と中国人ばっかりで、日本人は北朝鮮の出稼ぎ労働者より少なかったのが何とも。やっぱり英語が通じないのがネックなんでしょうか。

さて、今回のネタは乗用車ではございません。実はこのコーナー初なんですよね。乗用車ネタもまだあるにはあるので、ソ連車って意外と乗用車があったんだなって

ちゅうさまは共産圏乗用車専門家(?)なんですが、軍用車や商用車なんかもやっていかないとネタ切れになってしまうので、今回はソ連の代表的トラック ”GAZ 51” のご紹介です。


ソビエトの軍事関係はガチ勢兄貴が結構いらっしゃるので、ガセ情報を流したら粛清されそうなので頑張って書きます!たたかないで……たたかないで……。


ソ連のトラック生産は、1930年代のフォードモデルAAのコピーから始まります。(数回後にご紹介します)

1930年代後半になると、近代化を図るために新型トラックの設計が開始され、1940年にはロードテストも始まります。ところが………。


大 祖 国 戦 争 勃 発


ドイツ軍の猛攻に遭い、トラックの新規開発どころではなくなってしまいます。戦争によってソ連は人的物的ともに多大なる損失を被りましたが、エンジンやクラッチ、ギアなどの開発はその間に大きく進歩しました。戦争ってのは技術発展を推し進めるんですね。悲しい話ですが、これが人類の歴史なのです。


なにはともあれ、戦争で培った技術を応用し、1946年に2.5トンの新型トラック ”GAZ 51” が世に送り出されます。

フェンダー上には、工場名が刻印されています。

「Автозавод им.Молотова (モロトフ記念自動車工場)」

この時代は、GAZの工場名はモロトフの名前が付いていたんですね。「なぜにモロトフ?」という方、詳しくは「GAZ ZIM」の回をご覧ください。


1955年にはマイナーチェンジが施され、車名が ”GAZ 51A” になります。

外観上の変化はほとんどないんですが、フェンダー上の刻印をよく見てください。

「Горьковский Автозавод (ゴーリキー自動車工場)」

そう、1957年の反党グループ事件でモロトフが左遷されたため、1957年式以降の生産車からはモロトフの名前が付いていないんですね。政治情勢が自動車産業にも大きく影響するソ連らしい一面です。

中身はというと、1920年代のダッジのエンジンのコピーでした。コピーとは言っても、今回に限っては共産車にありがちな劣化コピーではありません。GAZのエンジニアがアメリカまで技術研修に行き、さらに航空機エンジニアまで呼んで改良を施していたのです。

元々は「海軍の小型船舶で使用する」前提で開発していたようですが、オルタネーターの関係で自動車専用エンジンとなったようです。

この車は、耐久性には定評があり、1975年まで延々と生産されました。整備環境の整っていない発展途上国などにも大量輸出されたり、東欧や中国、北朝鮮などでは現地工場でのライセンス生産もされており、シリーズ全体で400万台以上が世に送り出されました。


さすがに現在では街中で見ることはあまりありませんが、ソ連の産業を支えたトラックとして切手の図柄になったりもしています。


【Gallery】

消防車に架装された51A。戦後、人口が密集したモスクワで5階建てアパートの建築ラッシュがありました。高層階での火災にも対応できるよう開発されたのが、この車の上に乗っている17mのハシゴです。

バンパーに書いてある「телефон 01」というのは、ロシアの消防の緊急通報番号が「01」だから。ちなみに警察は「02」、救急は「03」です。


こちらも51Aベースの消防車ですが、PMGが架装したポンプ車仕様。高層アパートのない田舎ではこちらの方が一般的でした。


こちらは、51Aに給湯器やシャワーを装備した軍用車。冬でも1時間でお湯を用意し、シャワーや衣服の消毒などができたそうです。


こちらは、油圧システムで荷台が動くダンプカーの ”GAZ 93” 。1948年から1976年までに約31万台が生産されました。


人員輸送用に荷台や幌が架装された ”GAZ 51R” 。内部にはベンチが装備されています。チェチェン紛争を描いた映画「チェチェン包囲網 (Пленный)」でもコイツが出てきた気がしますが、いかんせんクソ映画だったもんでよく覚えてない。


これもGAZ 51かな?…と思いきや、ロゴをよく見ると…。

Fabryka Samochodow Ciezarowych Lublin


おっ、これはポーランドのFSCでライセンス生産されていたルブリン 51ですね。

ポーランドの他、中国の南京汽車や、北朝鮮の勝利自動車などでもGAZ 51のライセンス生産がおこなわれていました。


次回は、さっきちらっと触れたGAZ Aあたりにしようかな。


2018/05/15 ちゅうさま

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