【共産車探訪 vol.26】ZiL 4104③


Здравствуйте,Товарищ!


こんにちは、ちゅうさまです。

次回イベントで頒布予定の写真集の素材を集めるべく、函館へ行ってきました。

「せっかくなら海鮮系のお土産が欲しいな」と思って朝市に行き、シシャモの干物を買ったんですよ。店のおっちゃんは常温で保管してたので、私も帰ってから部屋に放置してたんですが、よく見ると「10℃以下で保存」とか書いてあったので慌てて冷蔵庫に放り込みました。よく考えたら、函館の外気温は-6℃。常温が既にチルド室レベルだったんですね…。



さて、前回の共産車探訪では、アンドロポフとチェルネンコの時代のZiL製リムジン ”41045” をご紹介しました。2人とも1年ちょっとでポックリ亡くなってしまったために、わずか3年の短期生産となった悲劇の(?)リムジンでした。今回は、次の最高指導者となるゴルバチョフ時代の ”41047” をご紹介いたします。

改めまして、今回ご紹介するクルマは ”ZiL 41047”

「まーた変な数字の車名だよ…」

と思われるでしょうが、「4104シリーズの7番目のバリエーション」という意味でございます。

1970年代以降のソ連車のコードは、ベースモデルに4ケタの番号を与え、改良型や特別仕様車には4ケタの後に順番に数字を振っていくシステムになっています。初期型の4104のバリエーションの記述もご参照ください。

41047は現存台数も多く、比較的写真も豊富にあるので、今回は贅沢に写真を使用できます。やったぜ!


114の回から何度も何度も書いていることですが、ZiLのリムジンは、ソ連の最高指導者の代替わり毎にモデルチェンジされる慣習がありました。で、41047はゴルバチョフ時代のリムジンとして1985年に生産が開始されました。4104シリーズの後期型モデルとなります。


変更点はというと、今度もまた外観がメインとなっています。

まずはヘッドライトですが、41045までは丸型4灯でしたが、41047では角型4灯となりました。1980年代は世界的に直線的なデザインが流行していましたから、ZiLもそれに便乗したワケです。同時にポジションランプもヘッドライトの外側に移動しました。


フロントグリルの形状も変更されています。41045までは台所からキッチングリルを取ってきて付けたような形でしたが、41047ではフレームが太いものに変わり、よりガッシリした印象を受けます。

【参考】1975 Cadillac Coupé de Ville

今回もデザインの元ネタはキャデラックでしょう。ただ、一番近い形は1975年前後の年式なんですよね。41045は1980年代前半のキャデラックをパクリ 参考にしていたようですが、なんで時代を逆行してしまったのか…?

中身はというと、こちらは41045と同じくほとんど変化はありませんでした。

エンジンは7.7L V8のまま、馬力もトルクも変わりはありません。

ただ、トランスミッションが2速ATから3速ATに変更となりました。技術の進歩で大トルクに耐えられるトルクコンバーターが開発されたということでしょう。


こうして41047はゴルバチョフ時代のリムジンとして活躍………したまでは良かったんですが……。

ゴルビーのグラスノスチ政策が進むにつれ、1990年にはバルト三国のソ連併合が違法だったことが発覚。当然のごとくバルト三国市民は怒り狂い、血の日曜日事件や人間の鎖運動を経て、エストニア・ラトビア・リトアニアがソ連から独立を果たしました。それがアリの一穴となって1991年には15共和国がすべて独立してソ連は崩壊してしまいました。


その結果、ロシアは自由市場経済国として再スタートすることになり、ZiLは1992年に「Акционерное московское общество открытого типа «Завод имени Ивана Алексеевича Лихачёва» (モスクワ公開型株式会社”イワン・アレクセーヴィッチ・リハチョフ記念工場”)」として民営化されました。クッソ長い名前なのは相変わらずですが、ZiLの設立当初の名前よかよっぽどマシですね。(詳しくは、共産車探訪vol.22 ZiL 114①をご参照ください)


そうなると41047の命運も危うく……なるかと思われましたが、ロシア国内や他のCIS諸国からの根強い需要があり、2002年まで生産は続行されました。ちなみに最後の41047の注文主は、カザフスタン大統領だったそうな。



さーて皆さんお待ちかね、バリエーション紹介のお時間です!

生産開始から5年でまさかの母体となる国が消滅するというビックリな経験をした41047ですが、共産車のご多分に漏れず、ソ連時代・ロシア民営化時代を通して様々なバリエーションが試作・生産されました。

・ブラックドクター「41042

「あれ?4104時代にも同じ名前の車なかったっけ?」と思われたあなた、鋭い!コードは使い回したまま、41047時代にも高級官僚向け救急車が製造されました。ね?霊柩車みたいでしょ? 4104時代とは違い、左後ろのドアもハリボテではなく開くことができます。1988年以降、4台が生産されました。

・防弾装甲車「41052

4104時代から続く装甲仕様車4105シリーズの後期型。外見的な違いはあまりありませんが、リアクオーターパネルが41047より分厚いのと、リアウインドウの面積が少し小さいことで、41047と識別することができます。火炎放射に地雷、更には対戦車ライフルの弾丸も防ぐことができ、アメリカ大統領専用車より性能は上だったそうです。13台が製造されました。


・防弾装甲車 ver.2「41053

民営化後の1992年に、ドイツの防弾車両加工会社「トラスコ・ブレーメン」に依頼して作られた防弾車。ロシア大統領専用に2台が製造されました。


・警護仕様車「41072

1989年から生産開始された警護用車両。フロントに設置された青いパトライト、屋根に設置された箱乗り用の手すり、サイドのステップが特徴となっています。”Скорпион (スコルピオン)” という愛称がついており、英語でいうとScorpion、つまりサソリという意味です。


・パレード用フェートン「410441

ロシアではソ連崩壊後も、戦勝記念日などの軍事パレードの慣習は続けられていました。老朽化した41044に代わって2010年に復活製造されたのが、この410441です。新型フェートンの選定は入札形式で行われ、同時期に開発された ”41041 AMG” が採用されたため410441はお蔵入りとなってしまいました。41044の写真が撮れたら、改めてご紹介します。


4104シリーズも遂に最終型を迎えましたが、実はまだ1つ紹介していないモデルがあるんです。次回は、そのモデルを詳しくご紹介しましょう。


2018/02/10 ちゅうさま

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