【共産車探訪 vol.24】ZiL 4104①


Здравствуйте,Товарищ!


こんにちは、ちゅうさまです。

試験があったり流感になったりと色々あって更新が遅れておりました。申し訳ナス。

試験が終わって答案を提出する際、教授に「来年また会いましょう」とか笑顔で言われたので、もう落とした気しかしません。来年再履だと実質 ”卒業試験” になっちゃうんだよなあ…。本当にクソ。


さて、前回の共産車探訪では ”ZiL 114” を見てきましたが、今回からはその後継車種である ”ZiL 4104” の特集となります。

が、

30年近く長期生産された割には大した変更もなく、したがって書くこともあまり無いんですよね。でも、記事を1回にまとめてしまうと、ただでさえネタ切れスレスレを征く共産車探訪の最終回がさらに早まってしまうので、頑張って4回くらいに分けたいと思います。

4104シリーズの前期型である4104と、中期型の41045は生産台数も少なく、写真も少ないので短めの記事になってしまいそうです。でもその分、更新頻度は上げたいと思うので許してください!なんでもしますから!



さて、では前期型となる4104を見ていきましょう。


前々回でも触れましたが、ZiLのリムジンは、書記長の交代毎にモデルチェンジされる謎の慣習がありました。で、ブレジネフ時代のリムジンは114……だったんですが、ブレジネフは18年間に渡る長期政権を勤め上げた男。いくらリムジンがその代の指導者を象徴するとはいえ、当然デザイン・内部機構・セキュリティシステムともに古くなってくるワケです。

超大国(自称)の指導者がいつまでも古いクルマに乗っているとなれば、国家の威信的にもよくありませんし、古い防護システムでは対応できない武器で攻撃されてはタイヘン。


そこで、1978年に発表された新型リムジンが4104。以後30年以上にわたって生産され続ける4104シリーズの基礎となるモデルです。

角ばったデザインは114を踏襲しています。

全長は6,339mm、全幅は2,080mmと、全体的に114より数センチずつ大きくなっていますが、シルエットは殆ど変わりません。

一番の変更点は、フロントグリルが縦に大型化し、ライトと切り離されたことでしょう。デザインのベースについては後述しますが、1970年代後半のアメ車を意識しているようです。


外見は114とあまり変わりませんが、快適装備はより充実し、読書灯やエアコンなどが標準装備されました。また、驚くべきは新開発のセキュリティシステムで、すべての窓は3層構造の防弾ガラス。さらには防放射能機能もあり、核シェルターとしても機能するようになっています。


移動式核シェルターとはこれいかに……という感じですが、当時は東西冷戦の真っ最中。核戦争が勃発するリスクを想定しての重装備だったのでしょう。

1970年代は一応「デタント」と呼ばれる緊張緩和期とされています。しかし、デタントはロシア語で「оттепель (オーチェペリ)」と言い、原義は「寒波の間のつかの間の陽気」のような意味です。つまり、すぐまた冬に戻ってしまうということですね。事実、1979年のアフガン侵攻で再び東西関係は冷え込んでしまいました。なんという皮肉でしょう。


パワートレインには、114より700ccアップした7.7LのV8エンジンが搭載されました。この排気量は、当時の乗用車向けエンジンとしては世界最大級でしたが、キャデラックの8.2Lエンジンに抜かれ、ギネスは逃してしまいました。惜しい!

このクソデカエンジンくんが叩き出す最高出力は315hp最大トルクは62kg・m。(トルクが)太すぎるッピ! 無駄にスペックだけ高いようにも思われますが、総重量3,860kgの巨体を動かすには、これくらい必要だったのでしょう。


ちなみに、燃費は4.5km/L。最高燃費がこれなので、キャデラック以下の燃費ということになります。

共産主義国の少数生産リムジンということで市場競争からほぼ完全に隔離される上、ロシアは産油国ですから、「燃費をよくしよう」などという思考は微塵もなかったのでしょう。



続いては、ソ連車の醍醐味 ”派生車種” 。数こそ多くありませんが、4104にもいくつかのバージョンが用意されました。


・ブラックドクター「41042

114でも用意されていた政府高官専用の黒塗りの救急車。「ブラックドクター」と呼ばれていたが、見た目はやっぱり霊柩車。患者を除いた定員は3人で、左後部の座席は存在せず、ドアはフェイクらしい。

・秘密通信用「41043

政府高官の移動式通信手段として使用されたラジオカー。41042のステーションワゴンボディを流用しているため見た目は41042と変わらないが、中身は医療設備ではなく通信システムが満載。

・パレード用フェートン「41044

共産圏のパレードといえばオープンカー!ということで1981年に開発されたフェートン。幌は電動式で、20秒で開閉が可能。3台が生産され、うち1台は非常用のストックだったらしい。

・防弾装甲車「4105

ただでさえ重装備の4104に更に分厚い装甲を追加した要人用の車。1969年に111に乗っていた高官が暗殺未遂に遭う事件が発生したために急遽開発された。”Бронекапсула (ブラニェカープスラ/装甲カプセル) ” という名前で呼ばれていた。



さて、みなさん気になってらっしゃるであろうパクリ元についても触れておきましょう。

【参考】1973 Cadillac Eldorado

一番デザインが近いのは、1970年代前半のキャデラックでしょう。顔の中心に配置された大きなグリル、独立した丸目4灯ライト、顔の両端についたサイドマーカー……4104の顔の特徴と完全に一致していますね。

【参考】1972-73 Lincoln Continental Limousine [Andy Hotton]

ただ、完全にキャデラックのコピーかというと、そうでもないようです。上の写真を見ると分かる通り、上記のような特徴はGMだけでなくフォードグループのリンカーンでも見られます。「キャデラックをパクった」というより「アメ車の流行りのスタイルを真似た」と言った方が正しいかも知れませんね。



書くことがないと言った割には、思ったより長くなってしまいましたが、今回はここまで。

次回は、4104シリーズの中期型 ”41045” についてみていきましょう。


2018/01/31 ちゅうさま

0コメント

  • 1000 / 1000

りんく通U

りんく通Uの公式HP The Official HP of Link to U: A Photographic Coterie Circle.