【共産車探訪 vol.23】ZiL 114②


Здравствуйте,Товарищ!


こんにちは、ちゅうさまです。

センター試験も終わり、本格的に入試シーズンに突入しようとしています。ちゅうさまは某塾で講師をやっていて、受験生のセンター対策なんかもやることがあるんですが、過去問を見ても解いた記憶がまるでないんですよね。自分が受けた前年の問題くらい流石にやったことがあるだろうと思ってたんですが……自分はひょっとしたら過去問を一つもやらずにセンターに向かったのかもしれない(恐怖)。まあともかく受験生がんばれ(投げやり)。


さて、今回のクルマは、予告通り ”ZiL 117” です。ただ、114の派生車種とも言えるので、タイトルは「114②」ということにしてあります。

それでは早速、117についてみていきましょう。まずは開発された背景事情から。


前回見た114はリムジンで、乗るのはもちろん政府高官などの要人です。そうすると、移動には警護を付けなければならず、警護用の車両も必要となってくるわけです。

114がデビューした当初は、警護車両にも同じ114を使用していました。でも……前回の記事を思い出してみてください。


全長6,305mm、ホイールベース3,880mm、全幅2,068mm………


……はっきり言って警護車両に求められる機動性はイマイチ欠如してますね。

そこで1968年にホイールベースを短縮した警護専用車両の開発が始められ、1971年にこの117の生産がスタートしたのです。

それがこちらっ!

全長は5,725mm、ホイールベースは3,300mm、全幅は2,068mm。114より580mm短くなっています。

一方でエンジンは114のものをそのまま搭載しており、114より加速性能は向上しています。これなら警護車両として使えそう…!?


ところで、写真の117の横にブレジネフおじさんのパネルが置いてありますが、実は117にはブレジネフ関連のエピソードがあるんです。

ブレジネフは書記長ですから要人中の要人、当然移動はリムジンの114の後部座席となります。でもブレジネフは運転が大好きで、なんとか公務中にもドライブを楽しめないものかと画策。そこで思いついた妙案は、「軽快に走れる117を自分で運転しよう!」

そんなワケで警護車両の列に114を走らせつつ、実は後部座席はカラッポで、ブレジネフは後ろを走る117の運転席にいた……なんてこともしばしばあったそうな。


ブレジネフの運転好きは有名で、117自体もブレジネフがドライブするために作らせた、というウワサまであるほどです。

ベースの114は1971年にフェイスリフトを受けていますが、117は1978年までデザインを変更することなく生産され続けました。


さぞかし警護車両として大活躍したんだろうなあ………。

と思いきや、総生産台数はたったの50台。

114より希少車やんけ! 


…と言いたいところですが、よく考えてみてください。117の全幅は、114と同じ2,068mm。前回お話した通り、当時のギネス記録に載るレベルの幅の広さです。

そうなるとやはりどうしても取り回しはヴォルガチャイカに劣ってしまい、結果的にそれらのクルマが警護車両として多く採用されていたようです。

結局残念なところで落ち着くのが共産車の宿命なのであるなあ…。



さてみなさんおまちかね、派生車種紹介のお時間です!

やっぱり共産車を見ていくうえで面白いのが、バリエーションの多さです。実用的なモデルから「なんでそれ作ったの?」と言いたくなるソ連特有の変なモデルまで様々。今回は一応「114②」ということなので、117だけでなく114の派生車種も一気にご紹介します。

例によってカッコ内はラテン文字表記ですが、キリル文字と同音の(もしくはそれに近い)文字の場合は省略してあります。


・KGB向け特別仕様車「114Е

何が特別かって?通信システムとエンジンの熱反射シールドの装備です。KGB向けの少数生産車ですね。


・黒い救急車「114ЕА

指導者が高齢になると生産されるハッチバックスタイルに架装された救急車。パレードの車列などにも組み込むため黒く塗装されていましたが、おかげで見た目は完全に霊柩車。1974年に2台が生産されました。


・防弾仕様車「114К

こちらも恒例となった防弾車。ただブレジネフはスターリンのように暗殺に怯えていたわけではないので、ごく限られた数しか生産されていません。


・次世代モデルの試作車「114Н (N)」

1975年に製造された試作車で、顔は次期モデルの4104、尻は114というニコイチ状態。完全なモデルチェンジは1978年に行われました。


・SWBリムジン「117Е

前席と後席の間にスクリーンを設け、リムジンスタイルにした117。1971年に1台だけ製造されたが、「114でいいじゃん」という結論に至った。


・SWBリムジンその2「117П (P)」

今度はパーテーションで仕切ってみたが、またもや1台作ったのみでお蔵入りに。一体何がしたかったのか。


・パレード用フェートン「117В (V)」

お待たせしましたオープンカーです。1972年に製造が開始され、1978年までに11台が生産されました。1980年までモスクワのパレードで使用されていましが、その後はペテルブルクで2008年まで使われていたそうな。

ソチの自動車博物館のショップで見つけたので買ってきた117Vのミニカー。お値段1,000ルーブルでした。このシリーズのミニカーはそこそこよくできてる割に安いのでお気に入り。全種類そろえたいですね(収集癖)。

リアのホイールアーチのラインが絶妙ですよね。もうずっと眺めていられる。

リアのバンパーが外れかけていますが、細かいことは気にしない。だってソ連車だもん


さて、ミニカーの鑑賞も済んだところで、今回はここまで。

次回は、114の後継となるリムジン「4104」を見ていきましょう。


2018/01/19 ちゅうさま

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