【共産車探訪 vol.17】ZiS 101①


Здравствуйте,Товарищ!

こんにちは、ちゅうさまです。

ようやく溜まっていたイベントレポートを消化したので、今回は久々の共産車探訪です。前回の更新から1か月以上間が空いてしまいましたが、ネタがなかったワケではありません。まあ実際のところ共産車なんて無限に存在するわけではないので、圧倒的ネタ不足ではあるんですが…。どうにかvol.100くらいまでいけるといいなあ。


さて、前回の共産車探訪ではウクライナのボロ車 大衆車をご紹介しましたが、今回からは打って変わってソビエトの最高級メーカーの車を見ていきます。

まずは ”ZiS” というメーカーについて簡単に見ておきましょう。

ソ連には元々1916年に創設された ”АМО (モスクワ自動車協会)” というメーカーがあり、フィアットのトラックをライセンス生産していました。しかしソ連建国のゴタゴタの中で設立された工場だけあって設備はボロく、1931年にアメリカの会社の協力のもとで工場設備が一新され、その際にブランドネームが ”ZiS” に変更されたのです。


”ZiS” というのはもちろん略語なんですが、ココでピンときたあなたは鋭い!以前にご紹介したGAZの ”ZiM” と命名のスタイルが一緒なんですね。

キリル文字表記だと ”ZiS” ”ЗиС” となり、その中身は ”Завод имени Сталина” つまり「スターリン記念工場」となるワケです。すごい名前ですね。


スターリンについては皆さんご存知のことと思うのであえて解説することは控えますが、言わずと知れたソビエトの独裁者。そんな彼の名を冠した工場とあっては、やはり高級車を製造しないと顔が立ちません。

そこで1936年に生産が開始されたのが、今回のテーマである ”ZiS 101”

実は1933年にペテルブルクの工場で「レニングラード-1」というリムジンの生産計画もあってプロトタイプまで製造されたんですが、結局製品化はされなかったのでこの101が実質的にソ連初の高級リムジンとなります。


デザインについてみると、この頃から完全にアメ車のパクリです。

フロントグリルの形状から見るに、1934~1935年のビュイックを真似ているようです。101の生産開始年が1936年ですから、当時としては最先端に近いデザインですね。

ただ、なぜ最高級リムジンなのにアッパーミドルクラスのビュイックを手本にしたのかは謎です。どうせならキャディラックとかリンカーンをパクればよかったのに。

【参考】1934 Buick Series 50 Sedan


中身はというと、5.8Lの直列8気筒が搭載されていました。最高出力は90hpで、最高速度は115km/h。実際115キロも出したら空中分解すると思うんですけど(名推理)。


ZiSの生産車はいずれも「党幹部専用の公用車」としての側面が強く、ポジションとしてはGAZのZiMやチャイカより上に当たります。

しかし、101は(ごく少数ながら)一般市民向けの供給もなされていました。とはいってもこんな車をポンと買えるようなブルジョワは、基本的に革命で抹殺されています。よって実際に個人で購入できたのは、宝くじに当たった人か、ソビエト政府からよほどの表彰を受けた人くらいだったようです。


また、タクシーとしても供給されたため、生産台数は8000台に上りました。が、その後の大祖国戦争 第二次世界大戦で多くが焼失したため、現存台数は多くはありません。


今回使用した写真は、ラトビアのリーガ自動車博物館の展示車です。レストア前なのかボロボロで、錆も浮いています。改装前はピカピカの101も所蔵してたはずなんですが、いったいどこにいってしまったんでしょうか…?


次回は、101の改良型 ”101А” について見ていきましょう。

それじゃ、まったのぉぉぉ~ぅ!


ちゅうさま 2017/12/20


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