【共産車探訪 vol.14】 GAZ ZiM

Здравствуйте,Товарищ!


こんにちは、ちゅうさまです。

だんだん秋らしい気候になってきましたね。

読書の秋、食欲の秋、共産車の秋、ということで今日のテーマは ”GAZ ZiM” です。

ポビェーダに続いてGAZのクルマです。


車名の ”ZiM” はキリル文字だと ”ЗиМ” となるんですが、これは ”Завод имени Молотова (モロトフ記念工場)” の頭文字をとったものです。

「имени」の部分が「記念」という意味なのですが、小文字で書くのが通例なので、車名表記も「ЗиМ=ZiM」で統一します。

発音は「ジム」だと思いますが、一応略語なので今回はラテン文字で書いておきます。



ところで、「モロトフって誰だよ」という方もいらっしゃると思うので、簡単に説明をば。


本当に簡単に言うと、モロトフはソ連共産党の偉い人です。

外交関係で力を発揮した人で、モロトフ・リッペントロップ協定でバルト三国から恨まれている人でもあるんですが、一時期ニジニノブゴロドのソビエト執行委員長を務めていた関係から、同じくニジニノブゴロドに本拠を構えるGAZの工場に名前が冠せられたというわけです。

その後にフルシチョフの解任動議でモロトフの立場も危うくなり、この車にも影響をもたらすのですが…それは後ほど詳しく。

まあモロトフについてはWikipediaで見てね(丸投げ)。

1950-60 GAZ ZiM [M12] (ソチ自動車博物館にて) 年式不詳


さて、ZiMに話を戻しましょう。


ZiMは、Sセグメントの高級車として、1950年の10月13日に生産が開始されました。

ちょうどチャイカのご先祖にあたります。


全長は5.5m、幅は1.9mもあるので、当時としてはかなり大きなリムジンだったでしょう。

まあ当時のソ連でそんな車に乗れるのは高級官僚、いわゆるノーメンクラツーラだけなんですけどね…。そういった党幹部クラス向けの自家用車としての需要にこたえるため、ZiMは開発されたのです。

1950-60 GAZ ZiM [M12] (リーガ自動車博物館にて) 1956年式


ZiMならではの特徴としては、やっぱりボンネット中央に付いた赤旗のエンブレムでしょう。中国の紅旗(ホンチー)でも見られるエンブレムですが、これが付くだけで共産車感が一気に増しますね。セクシー、エロいっ!


外観のデザインは、1950年代のアメ車がモデルになっているのでしょう。

ボディ一体のフロントフェンダー、リアフェンダーの膨らみ、ボンネットの突出などは、いずれも1940年代後半から1950年代前半のGM車に見られる特徴です。

【参考】1950 Chevrolet Styleline Deluxe 2-door Sedan

実はZiMのフロントデザインは、ほぼ1948年のキャデラックの丸パクリなので、本当はそちらを載せたかったのですが、残念ながら写真がありませんでした。代わりに同世代のシボレーの写真を載せたので、フェンダーなどの形状の特徴だけ見ていただければ…。


1950-60 GAZ ZiM [M12] (ソチ自動車博物館にて) 年式不詳


リアもアメ車っぽいですね。アメ車のイベントにいてもそんなに違和感はなさそう。

ボディカラーも明るいと、カジュアルな感じが増します。


この車の面白いところはボンネットにありまして、ヒンジが両サイドについているんです。

つまり、両サイドからボンネットを開けることが可能というわけです。整備しやすいんですかね?

本当はその写真も貼りたかったんですが、「ボンネット開けて!」って学芸員にお願いしたら断られてしまいました。ザンネン!

1950-60 GAZ ZiM [M12] (ソチ自動車博物館にて) 1955年式


内燃機関には、軍用トラックの ”GAZ 51” から流用した、3.5Lの直6エンジンが採用されました。

最高出力は95hp、最高速度は120km/hに達しました。

0-100km/h加速も37秒と、このサイズのクルマにしては悪くない数値です。ポビェーダと比べるとだいぶパワフルですね。


実は車重も1,940kgで、アメ車なら2トン越えが当たり前のこのクラスにしては比較的軽く、カタログ燃費も6.5km/Lとそんなに悪くありません(良いとは言ってない)。


(でも下手したらうちのマークXの街乗り燃費よりいいかも…)


ところで、1950年から1960年といえば、同時期に前回見たポビェーダも生産されていますね。実はZiMのシャシーは、ポビェーダのシャシーを引き延ばして流用したものなんです。

そのほかにも、先ほど述べたエンジンなど動力系も流用パーツがふんだんに使われています。ソ連車はことごとく流用が得意ですね。

まあ当時のソ連に車を何台も新規開発するお金なんてないからね、しょうがないね。

1950-60 GAZ ZiM [M12] (リーガ自動車博物館にて) 1956年式


さて、ZiMの「M」モロトフの「M」だという話は最初にしましたね。

モロトフの功績を讃えての工場命名だったワケですが、1957年に転機が訪れます。


1957年といえば……そう、反党グループ事件ですね。←知らんわ


モロトフはスターリンのお友達だったので、当然親スターリン派でした。ところがスターリンの死後、書記長の座を継いだフルシチョフは、党政策としてスターリン批判を始めます。

それに反発したモロトフら親スターリン派は、1957年にフルシチョフの解任動議を提出します。当然フルシチョフは激怒、モロトフは政治局を解任され、モンゴルに左遷されてしまいました。


となると、半分粛清されたような人の名を冠した工場がそのままでいられるはずもなく、ZiMの名前は消えることとなりました

新しく与えられた名は、”GAZ 12”。開発コードの「M12」をそのまま車名にしただけなので大したヒネリはありませんが、1958年から生産終了となる1960年までは、”GAZ 12” の名で販売されることとなったのです。


政治の都合が車の名前まで変えてしまう……共産車らしいですね。


まあ1959年には後継のチャイカがラインオフしたので、そんなに台数は出てないんですが…。

1950-60 GAZ ZiM [M12] (リーガ自動車博物館バウスカ支部にて) 1953年式


ZiMの派生車種も数タイプ生産されていました。


・タクシー向けに作られたモデル「М12А」。

当時のタクシー用車はポビェーダがほとんどでしたが、長距離の都市間を移動するハイヤー的な立ち位置として、少数生産されたようです。


・救急車向けに作られたモデル「М12Б (ラテン文字ならB)」。

「え?この図体で救急車?」って感じですが、要人救護用に生産されていました。外観はセダンのままですが、トランクをぶち抜いてベッドになっています。外見的な特徴としては、屋根に赤十字模様の行燈が乗っています。タクシーかな?


・パレード用オープンカー「M12 フェートン」。

この手のクルマ恒例のフェートン。写真でご紹介できないのが残念ですが、いかんせん1949年にプロトタイプが2台生産されたきりなので…。どうやら剛性が不足していたらしい。やっぱりな♂



……とまあ名前が変わったりしながらもどうにかこうにかZiMは10年間生産され、21,527台が世に送り出されたのでした。めでたしめでたし。


次回は………なににしようかな。


ちゅうさま


【Gallery】

2012 Tuning Garage V12 ZiM Coupé (MIAS-2016にて)

ロシアのチューニングショップ「チューニングアチェーリエ(ガレージ)V12」が手掛けた、ZiMオマージュのスポーツカー。ベースはE66型のBMW 745Li。ちょっとほしい。



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