【共産車探訪 vol.13】GAZ ポビェーダ

Здравствуйте,Товарищ!


どうも、ちゅうさまです。

かなり更新が空いてしまいましたが、ロシアとラトビアでブログのネタをたっぷり拾ってきたので、お楽しみに!!!


というけで今回は久々の共産車探訪です。

いつか「写真が足りない」といって延期してた ”GAZ ポビェーダ” ですよ。

ポビェーダは、1948年にGAZで生産が開始されました。(GAZについては、ヴォルガ①をご覧ください)

今でいうEセグメントの車格で、ちょうどヴォルガのご先祖にあたります。


車名についてですが、キリル文字表記だと ”Победа” となります。ロシア語で「勝利」という意味ですね。対独戦での勝利を全面に打ち出すことで愛国心を高めようという狙いがあったのでしょう。


日本語表記については、「ポベダ」「ポビェーダ」「ポビエダ」など表記にばらつきがあります。ロシア語ではアクセントのないОは「ア」の発音になるため、カタカナで書くと「パビェーダ」が一番近い表記となります。

が、日本ではロシア語をカタカナ表記にする際、Оにアクセントがあろうとなかろうと「オー」と書く風潮があるため、今回は「ポビェーダ」という表記で統一します。


では、さっそく車を見ていきましょう。

1948-55 GAZ Pobeda [M20] (ソチ自動車博物館にて)


こちらは、1948年から1955年にかけて生産された、前期型のポビェーダです。

9本の細いグリルが前期型の特徴です。前期型のコードは、「M20」でした。


実はポビェーダの生産計画自体は、戦中の1943年頃からスタートしていました。

戦後の物資不足などによる影響で、本格的な生産開始は遅れてしまいましたが、1948年にどうにか「ソ連初の大量生産車」として生産にこぎつけました。

1948-55 GAZ Pobeda [M20] (ソチ自動車博物館にて)


リアビューはこんな感じ。

丸みを帯びたファストバックのスタイルですね。

ぱっと見だと、VWのビートルにも似ていますが、デザインの参考となったのはおそらく戦前のアメ車でしょう。

この時代は、居住空間と荷物入れが外観的にも分離しているデザインは一般的ではありませんでした。

【参考】1944 Chevrolet Special Deluxe 4-door Sedan


参考までに、こちらは1944年の「シボレー・スペシャルデラックス4ドアセダン」です。

ね?そっくりでしょ?

ただ、パクリというよりは当時の流行からして「なるべくしてこうなった」要素の方が強いと言えるでしょう。



エンジンは、2000cc直列4気筒のものが搭載されました。

この当時のソ連はまだまだ発展途上で、自力でゼロからエンジンを開発する技術はなかったので、1930年代に生産していたアメ車のエンジンを流用・改造する形でポビェーダの心臓となりました。


最高出力は、52hpで105km/hを出すことができました。

そんなに速くはないですが、当時のソ連にはそこまでスピードを出せる道路も少なく、スピードより加速を重視したセッティングがされていました。


1949-53 GAZ Pobeda Cabriolet [M20B] (ソチ自動車博物館にて)


そんな中で登場したのが、なんとカブリオレ

ポビェーダの屋根を豪快に取り払ったオープンモデルが、1949年にラインナップに加わりました。


コードは「М20Б」となります。

(ラテン文字なら「M20B」)

1949-53 GAZ Pobeda Cabriolet [M20B] (ソチ自動車博物館にて)


後ろから見ると、セダンとはだいぶ違った印象を受けますね。


オープンカーで海辺をドライブ!…などと言えば聞こえは良いですが、よく考えてください。ここはソ連です

ソチみたいは温暖な場所ならともかく、モスクワなんかでは冬は大雪、夏でも快晴の日はそんなに多くありません。

1949-53 GAZ Pobeda Cabriolet [M20B] (ソチ自動車博物館にて)


ていうかフレームほっそいんだけど、ボディ剛性は大丈夫なのか?


実のところ、カブリオレが開発された背景には、ボディの原料となる鉄資源の深刻な不足があり、「少しでも使用する鉄を減らそう」ということで屋根を取っ払った仕様がカタログに追加されたんです。

旧共産主義圏は鉄があんまりでないんですね。たまに話題になる東ドイツのトラバントのプラスチックボディも、同じ理由で開発されたものです。


というわけで、ポビェーダカブリオレの屋根はどうやら大した考えもなしに取っ払らわれたことはほぼ確定ですから、したがってボディ剛性はきっととんでもないことになってるんでしょうね(偏見)。


じゃあ実用性ゼロじゃん!!!

そんなわけで当然のごとく売れず、1953年には後期型の登場を待たずにカタログ落ちしてしまいました。

(それでも1万4000台が生産されました)


1955-58 GAZ Pobeda [M20V] (ソチ自動車博物館にて)


生産が軌道に乗り、価格も落ち着いてくるなかで快適装備もつくようになり、一般庶民(とはいってもランクはそこそこ上)にも自家用車としてポビェーダが普及してくるようになります。


1955年にはマイナーチェンジが行われ、ポビェーダは後期型へと進化します。

コードは「М20」から「М20В (ラテン文字だとM20V)」となりました。


外見では、フロントグリルが変更され、3本の太いものに変わりました。

太いグリルがポビェーダに入っちゃう!!!


さらにラジオも装備されるようになりました。

よく見ると、屋根にアンテナが追加されていますね。

1955-58 GAZ Pobeda [M20V] (ソチ自動車博物館にて)


それ以外には、外観の変更点は特にありません。

うしろから見たら全く区別がつきませんね。


中身は進化を遂げていて、エンジンの最高出力は52hpから55hpへアップしました。

うーん…微妙。

1955-58 GAZ Pobeda [M20V] (ソチ自動車博物館にて)


こちらは運転席ですが、内装デザインもほとんど変わっていません。


実は着座位置は5cmほど下がっているそうで、その理由は「軍帽をかぶった軍人が乗りやすいように」するためとのこと。はえ~ソ連っぽい…。


1956-58 GAZ M72 (ソチ自動車博物館にて)


1956年には、ポビェーダベースのオフロードカーも生産が開始されました。


え、なにこれは…(大困惑)


ポビェーダのボディをベースにしつつ、足回りは軍用トラックの「GAZ 69」から流用し、アクスルシャフトは上位車種の「GAZ ZIM」から持ってきてつなぎ合わせた謎のオフロードカーです。


コードは新たに「M72」が与えられ、公式には「ポビェーダ」の名前は使われませんでした。

1956-58 GAZ M72 (ソチ自動車博物館にて)


なんとも不気味な見た目ですが、実は「雪の積もる田舎の悪路も走れるように」とフルシチョフ直々の命令で開発されたありがたい車でもあるのです。

なお、その命令によって作られた車はこれだけではなく、大衆車のモスクビッチや後年のヴォルガでも例がみられます。


なお、エンジンはポビェーダと同じ2リッター4気筒のものが搭載されていました。

(ZIMから流用したリアシャフトが)見える見える、太いぜ。


こういう奇形車種 先進的なクルマは大体数台の試験生産のみでお蔵入りになるのですが、M72に限っては、1956年から58年の2年間にわたって4700台近くが生産されました。


かくして「ソ連初の大量生産車」としての地位を築き上げたポビェーダは、1958年に生産を終了し、ヴォルガにその地位を譲ることになります。

GAZの工場では10年間で約23万台が世に送り出され、また各地でノックダウン生産も行われました。ポビェーダは、ソ連をはじめとした東側諸国の自動車生産の基礎となったのです。


これなら「勝利」というネーミングも納得ですね。


次回は、GAZチャイカのご先祖にあたる「GAZ ZIM」の特集です。

お楽しみに!


【Gallery】

1948-55 GAZ Pobeda [M20] (リーガ自動車博物館にて)

1951年式の初期型に近い個体。

ボディが黒だと「公用車」の雰囲気が強い。


1948-55 GAZ Pobeda [M20] (リーガ自動車博物館バウスカ支部にて)

前期型の最終モデルとなる1955年式の個体。

青味がかったグレーという不思議な色は純正色なのだろうか?


1955-58 GAZ Pobeda Taxi [M20A] (モスクワ交通博物館にて)

ポビェーダはタクシー向けにも約3万7000台が生産された。

コードは「М20А」となる。なお、生産は1949年から始まっており、マイナーチェンジの際にグリルは標準モデルに合わせて変更されているが、コードはM20Aのままである。


1955-58 GAZ Pobeda Taxi [M20A] (モスクワ交通博物館にて)

タクシーのカラーリング・デザインは1948年に決定されたもので、タクシー業界はほぼポビェーダの独占市場だった。


1956-58 GAZ M72 (リーガ自動車博物館バウスカ支部にて)

1957年式のこの個体は、ラトビア・ストゥチカ地区の共産党指導者が使用していたらしい。


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